世界と日本における人材派遣業のなりたちを年代順にまとめてみよう

現在、日本を代表するような大手企業の多くは、好きな時に雇って自分勝手な都合で一方的に契約を満了させられる派遣社員なしでは成り立たないような運営スタイルが根付いてしまった感があるが、そもそも世界や日本における人材派遣業はどのように成立して現在に至っているのかを年表方式でまとめてみよう。
目次
江戸時代(1603年~1868年)から存在した人材派遣業者
江戸時代は「士農工商」に代表される身分制度が幅を利かせていた格差社会であったとされる。
世襲、つまりは親から子へと職業が引き継がれるのが原則で、職業選択の自由は基本的になかったとされる。
血縁や地縁が重視され、仕事のスキルよりも身元保証が重視されるため、今でいうところの「コネ」がない人は仕事に就くことが難しかったという。
そういった「コネ」がない人に向けては、当時としては100万都市である大都市「江戸」を始めとして、都市部には口入れ屋と呼ばれる人材紹介業者が存在しており、求職者には仕事の紹介と身元保証をする代わりに、給料の一部をピンハネするビジネスをしていたという。
この江戸時代の口入れ屋は、今でいうところの正社員などの人材紹介会社というよりは、労働者から給料をピンハネすることから、実態的には現在の派遣会社に近いビジネスであったと想像できる。
1948年にアメリカで誕生したマンパワー
現代日本の直接的な派遣会社の仕組みの源流はが1948年にアメリカで誕生したマンパワーである。
エルマー・ウィンターとアレン・シャインフェルドという二人の弁護士が創業した会社である。
「必要なときに、必要な人を、必要な時だけ派遣する」という今の日本の派遣会社と同じサービスがすでに形作られていた。
1950年代以降、海外で人材派遣が広がる
マンパワーは8年後の1956にはカナダにも進出し、同じようなサービスを提供する人材派遣会社が海外では人気となる。
1966年に日本にマンパワーが上陸
日本においては人材派遣業のような業者は明治時代から存在していたものの、この時代は過剰な中間搾取や劣悪な環境が問題され、厳しく規制されていたという。
1966年にマンパワーがアメリカから上陸したことで、さらに法整備が進むことになる。
それまで外資系企業が中心だったものの、国内の商社や銀行などにも人材派遣が広がっていった。
1973年にテンプスタッフ(現在のパーソル系列)が創業
国内初の人材派遣会社として創業。
当初は外資系企業を中心として売り込みをしていたという。
1986年に初めて労働者派遣法ができる
それまで人材派遣に関する法律が存在していなく、“正式”に人材派遣が日本で認められたのが1986年である。
今でこそ派遣の人気職種である「一般事務」は対象外で、あくまでも専門的な職種に限られたものであった。
事務系職種に関しては、他の専門的な職種との抱き合わせで派遣されることが多かったという。
1996年~2007年は派遣の規制緩和が進む
専門職種に限らず派遣できるようになったり、製造儀容への派遣が解禁されるようになった規制緩和の時代。
主に、この時代において派遣に頼らないと成り立たない企業が大量に発生したと言える。
2008年、リーマンショックで派遣の規制強化へ
企業側の都合で一方的に切れる派遣の悪い面が社会に露呈したのがリーマンショック。
「派遣切り」という言葉があらゆるメディアで連呼された時代。
企業の側の都合で職や家を失う派遣の危険性がようやく世間に認知され、規制強化が進むことになる。
2012年、改正派遣法施行により日雇い派遣の禁止へ
日雇い派遣が原則禁止となったり、無期雇用への努力義務が派遣先に課されるなど、派遣労働者の保護や待遇改善が強化されることになった。
2015年、さらなる派遣法改正へ
派遣業者が全て許可制になったり、しょうもないエクセルの研修など、派遣会社に派遣社員への教育が義務付けられるようになった。
法律とは関係ないが、2020年頃にはコロナが蔓延して、なぜか派遣社員には認められなかったことが多いテレワークが大手から中小から幅広く解禁。
出社の場合でも交通費支給が当たり前になったのも同じ頃である。
今後、派遣社員の待遇が良くなるか悪くなるかは不明
この年表を見てもわかるように、法律の整備や実情の改善は非常にゆったりしたペースで他人事のように行われる。
交通費支給やテレワークは当たり前のように対応されるべきだったし、直接雇用の努力義務も努力しているポーズだけしか見せない派遣先が多いのが実情である。
※参考書籍
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