なぜ正社員の自慢話は止まらないのか? 家、車、子供、結婚…それ誰が聞きたいと思ってんの? (笑)

大手企業の派遣先で働いていると、定期的に始まるのが正社員による“人生の進捗報告会”だ。

「家を買った」「車を買い替えた」「子供が生まれた」に加えて、若手社員からは「結婚します」の報告まで飛んでくる。しかも、その語り口は、なぜか誇らしげで、どこか“勝者の余裕”を漂わせている。部内会議やグループチャットでその手の自慢話が披露されても、派遣社員は黙って聞くしかない。

なぜなら、その報告の裏には「君には縁がないだろうけどね」という無言のマウントが、しっかりと仕込まれているからだ。

「結婚します」を職場で言う必要は本当にあるのか?

「結婚します」と言われても、派遣社員は返事に困る。祝福すべきなのか、形式的に笑えばいいのか、それとも無表情でやり過ごすべきなのか。はっきり言って、お前の人生になぞ興味はない。どうでもいい。

そもそも、なぜ職場で結婚報告をするのか。それは“幸せの共有”ではなく、“人生の優位性の提示”だ。家を買った、車を買った、子供が生まれた。この3点セットに若手社員の結婚報告までが加わると、もはや“人生ビンゴ”である。そして、彼らはそのビンゴカードを派遣社員の前で堂々と掲げてくる。

“自慢”を“雑談”と呼ぶ厚顔無恥

彼らは言う。「別に自慢じゃないよ、普通の話だよ」と。いや、それは“普通”ではなく“特権階級の生活報告”である。

結婚報告を雑談に混ぜるのは、「私は人生のレールにちゃんと乗っています」「あなたとは違います」というメッセージを突きつけているのと同じだ。しかも、聞き手に派遣社員がいることを完全に忘れている。いや、忘れているのではなく、最初から“聞き手としてカウントしていない”のだ。

派遣社員は“背景”として扱われる

正社員の自慢話において、派遣社員は“聞き役”ですらない。ただの背景である。

「結婚します」と言われた瞬間、派遣社員は“人生が停滞している人”として空気化される。「家を買いました」と言われた瞬間、派遣社員は“持たざる者”として扱われる。「子供が生まれました」と言われた瞬間、派遣社員は“未来のない人”として分類される。

これは会話ではなく、階級の再確認である。

なぜ彼らは“自慢していること”に気づかないのか?

彼らは本気で「普通のことを話しているだけ」と思っている。だが、その“普通”は、制度に守られた者だけが享受できる幻想だ。

派遣社員にとって、結婚は普通のものではなく“贅沢”そのもの。家を買うことは“夢”ではなく“無理ゲー”である。子供を育てることは“希望”ではなく“恐怖”でしかない。車を買うことは“趣味”ではなく“破産の予告編”だ。

職場は“人生の報告会”ではない

派遣社員なとって職場は、契約期間の間だけ仕事をする場所であって、人生の進捗を発表する場ではない。だが、正社員は「自分の人生が順調であること」を周囲に知らせることで安心したいのだ。そのために報告をする。

その安心のために、派遣社員は毎回“比較の材料”にされる。これは報告ではなく、比較の強制と差別である。

自慢話であることにも気づけない感性の貧しさ

正社員の「結婚します」「家を買いました」「子供が生まれました」「車を買い替えました」は、制度に守られた人間が“自分の安定”を確認する儀式である。

だが、その儀式に巻き込まれる派遣社員は、毎回“持たざる者”として位置づけられる。

そして、派遣社員は心の中で思う。「その結婚、10年後にどうなってますか?」「その家、ローン地獄じゃないですか?」「その車、維持費で泣いてませんか?」「その子供、将来あなたを反面教師にしませんか?」

もちろん、口には出さない。派遣社員は沈黙の中で毒を育てる。

参考になった! 0
参考になった!